カラ=西アフリカ農村自立協力会の会報「からばす」12号から

  今年の夏の猛暑も終了という頃になり、強力な台風と新潟中越地震の度重なる災害に見舞われた方々に心からお見舞い申し上げます。今回からばす12号に寄稿していただいた長岡市立十日町小学校の皆さんもとても怖い思いをなさったことでしょう。高橋校長先生とのお電話によれば、全校生徒さんは全員お怪我もない様子で、安心いたしました。
 
今回のからばす12号は、カラの活動に関心を持ち、支援してくださった学生さん(小学校、中高等学校)から寄せられた文章をご紹介いたします。

8月30日と9月6日に、仙台市、宮城学院中高学校と新潟
県長岡市立十日町小学校でカラの活動やマリ共和国についてのお話を致しました。本日はその後に寄せられた生徒さんからの文章をご紹介いたします。


出来ることから始めよう 』
  
−手作りバザーに取り組んでー

宮城学院 高二 萩組 畠山 由依

『私たち高二は、今年の文化祭で手作りバザーの企画・運営に取り組んできました。その中で、収益金はCARA(カラ=西アフリカ農村自立協力会)という団体とユニセフに寄付することになりました。カラは、私達高二が英語の授業で学んだ内容だったからです。そして寄付の話はどんどん大きくなり、カラの代表者でもある村上一枝さんが来校して下さることになりました。
カラの主な活動場所はマリ共和国です。私はこのバザーの取り組みを行っていくうちに、カラという団体の活動を知り、そしてマリという国の現状も知ることができました。これは知識だけの学習だった私には、大変興味深く感じられました。
 そして私は、文化祭後、村上さんの講演とは別にお話する機会を与えられました。カラはあくまで自立を支援することを目的とした活動を行っています。そして村上さんから、私達の集めた収益金六万七千円で手回しミシン八台を買ってマリの女性の自立に役立てたいと申し出がありました。これだけのミシンで約五・六百人の人たちの手に仕事がつくそうです。 また、マリの女性の結婚適齢期が十五歳位であると聞き、私と同年代の人達が仕事をして、家庭を持っているという現状に驚かされました。
 そしてマリの女性はたくさん子供を産み、育てているそうです。それはマリでは医療技術も知識も乏しいために、子供が成人する前に死んでしまうという悪循環が起きているからです。他にも沙漠化や食料難、伝染病のマラリアなど、さまざまな問題がありますが、私達は他人事と思わず、まず出来ることから関心を持ち、支援を行っていくべきだと今回のこのバザーを通して強く感じました。』(宮城学院中学校・高等学校新聞から抜粋)

 このバザーでの収益がカラへ寄せられたきっかけは、宮城学院中・高学校文化祭での「福祉とボランティアと環境」をテーマにクラス毎に展示をすることになり、あるクラスから英語の授業で学んだカラはどうか、という事で決まったそうです。この活動を通して他の生徒さんからも次のような感想が寄せられました。原文のまま

・『世界は平等でないことを知った。』

・『これまでにしてきた献金などのボランティアとは違い、お金の使い道、行き先が明確に分かって、初めての真のボランティア体験をしたと思った。』
・『自分の視野をもっと広く世界へ向けて行きたいと思った。』
・『多くの人が活動に協力してくれ、皆のボランティア精神を引き出すきっかけになったと思った。』
・『マリの生の体験談が聞けて良かった。』
・『裕福な国はそうでない国に対して、お金や物資の援助だけで、逆に貧困は与えられるだけの関係が固定観念としてあるがそれが解かれたと感じた。』


また、9月6日には新潟県長岡市十日町小学校の5・6年生と先生、地域の方にカラの活動やマリのことについてお話をする機会がありました。これは、担任の近藤先生の企画によるものです。その時の感想をご紹
介いたします。


村上さんのお話を聞いて

6年生 近藤 択真

村上さんのお話を聞いてマリ共和国の子どもたちと自分とでは全ぜん毎日のくらしがちがうんだなと思いました。マリの子どもたちは、飲む水も自分でいどからくんで飲まなきゃだけどぼくたちは冷ぞうこをあけたりじゃぐちをまわしたりすればカンタンにジュースか水がのめるからマリの人たちは水をのむのもとてもたいへんなんだなと思った。国がちがうだけでこんなにちがうのはびっくりした。
 後は学校です。学校の写真を見ておどろきました。どろをレンガみたいにつみあげてわらでやねをつくった学校でした。でも一こじゃなくてたくさんあると言っていたからさらにびっくりしました。でもえんじょ金で大きな学校もありました。レンガでつくった学校とえんじょ金でたてられた学校とでの差がすごくあるんだなと思いました。ぼくはマリの人たちにとって物がそろっている生活をしているからこれからは物を大切にしていこうと思いました。』(原文のまま

近藤君の他に次のような感想が寄せられましたので抜粋になりますがご紹介いたします。

 『国際えんじょボランティアしたと聞いた時は、一体どんなことをやるんだろうと考えていました。マリ共和国でサッカーをやっていると言いマリ共和国のサッカーチームて、強いのかなあと思い一度でいいから試合が見て見たいです。マリ共和国に行って国際えんじょボランティアをやることって勇気がいるのかなあ。』(矢尾板 尚哉)

 『勉強は、ぼくたちは、三階建ての大きい小学校で勉強をしていますが、マリ共和国のみなさんは、とてもせまい中で勉強をしていて、とてもおどろきました。食べ物を植えたりして、だんだんマリ共和国の人が自分で食べ物の植え方などが分かってきて、前より苦しむこともなくなって逆にうれしくなったんじゃないかなぁーと思いました。日本は、平和なんだけど、世界には、食べ物もなくて困っている人や水も食料もとれなくて苦しんでいる人がいると思うとかわいそうだと思ってきました。とても勉強になりました。』(五十嵐 匠)


『国際ボランティアは、いろいろな国に行ったり、お金を集めたりするから、けっこう大変なんだなぁと思いました。』(矢尾板 良平)


 『マリ共和国の人たちは、「みんなで力を合わせてつらいことを抜け出したんだな。」ってお話を聞きながらそう思いました。わたしは、「どうして、マリ共和国の女の人は、何かつけたりしてんだろー。」って思いました。マリ共和国の人たちは、字がわかんなかったから教えてもらっておぼえてすごいって思った。わたしたちも一年生から、先生から字をならいました。それとマリ共和国は、少し同じだなーって思いました。』(小林 千夏)


最後に授業を企画して下さいました近藤先生のご寄稿をご紹介いたします。

出 会 い 

近藤 滋子

 『村上一枝さんとの出会いは、「中年になったから」(日経ビジネス文庫)という本の中である。直接ではない。40代で小児歯科医という仕事より、自分をもっと必要としているところーマリ共和国へ飛び立つというエネルギッシュな生き方に私は強く惹かれた。昨年の夏,私は村上さんの生き方を道徳授業でとりあげるべく、ご本人にメールを差し上げた。吉祥寺のCARAの事務所で村上さんと実際にお会いしたのである。お話を聞かせていただき、授業の資料もたくさんいただいた。おかげで、村上さんの生き方を道徳授業として組み立て、子どもたちに授業をすることができた。
 その後、私は、できるならば村上さんに教室に来ていただきたいと思うようになった。国際ボランティアとしてマリ共和国の農村で過ごしてきた村上さんから子どもたちが直にお話を聞くことできるなら、どんなにすばらしいだろう。これ以上の学びはないと思った。
 マリ共和国の農村の人々の「自立」の道を農村の人々と探り、様々なことを教え、実現させたこと。リーダーをたくさん育てたこと。その結果、今では,多くの農村の生活を改善し、人々が生き生きと生活をしていること。直接村上さんの声を聞き、村上さんの国際ボランティアとして熱い思い、国を越えて人間は助け合うのだということを子どもたちに学んでほしいと願ったのである。私が村上さんに惹かれたように。
 
ついに実現したのである。村上さんが何と今年の9月6日、新潟県長岡市の私の勤務している学校に来てくださったのである。マリ共和国の農村での活動をスライドとお話で進めてくださった。子どもたちは、自分たちと同じ年齢の子どもたちが大変な労働を毎日していることも知った。今年の夏に、学校でお話してほしいのですが、とお願いしたら、即実現。村上さんの行動力はロケットの速さである。子どもたちは真剣に村上さんのお話を聞き、一人一人「国際ボランティア」について、受け止めたのである。子どもたちにとって、濃い学びの時間であった。村上さんのお話はこれから成長していく6年生にとって最高のプレゼントになったと思う。村上さんには、ただ感謝だけである。』

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