|
カラ=西アフリカ農村自立協力会の会報 「からばす」11号から |
| 「マリ ところどころ」
奥山 和子 今から20年以上前、たまたま読んだ森本哲郎氏の“私のニジェール探検行”に、チャンスがあればニジェール川を一眼みたいと思うようになった。 唯一つこの度のマリ行は私の積年の願い、今まで生き延びて、社会から色々恩恵を享け、大した病気もせず、良き先輩、知人、友人を得て愉しい人生を送り得た謝礼に、どこか低開発の国の片隅に小さい学校を寄贈したい。私が今まで外国旅行をした多くの国々は貧しく、識字率が低く、裸足の子供が大木の木陰で小さい黒板を抱えて字を習っている姿を幾度か見て、せめて屋根のある所で、机と椅子を並べて勉強できる所があればと心に抱き続けていた。 ひょんなことから村上さんを介してマリのザナという寒村に、小さな小さな学校を作って戴いたので、見に来ないかとのお誘いを受けたが、世間で言う私とて“御高齢者”なので、森本氏の本の中、「ジカンガナーイ、ハークシロ!」と現地のガイドのカマラに叫ばれたら、私は言葉が解らぬし、忽ちおいてけぼりを喰わされて迷子になりそうなので躊ったが、“お声のかかった時がチャンス”と決心した。 一行は御案内役の高坂さんを除いて7名。基礎知識零の私の見た表層的マリは的確さを欠き、見誤り、聞き違いもあろうが、書きとどめる。 @入国時に点検されなかったイエローカード(黄熱病)を、出国時に見せろというので??パリ行きの飛行機の中に黄熱病?“いらないと思ったのでトランクの中”と日本語で言うと、“O.K”と、黒い顔の検察官のゴーサイン。日本語解るのかなー?マリは世界語の通じる国。万歳!! Aマリは日本の2.5倍も広い国だけあって、幹線道路は殆ど地平線まで真直ぐ。これではドライバーは退屈して居眠り。案の定トラックの横転の残骸を幾つも見た。それに何と車の高さの倍以上に高い積荷を暫々見て仰天。 B木の多いこと。冬だから花の咲いている木は少なかったが、アフリカといえば乾燥地帯、砂漠と思うが立派な大木が自然林をなし、植林地は少なく、建築材や燃料になるもの植林はどうなっているのかなと思った。 C容器―広い広い見渡す限り、収穫期の径50〜60cmもあろうかと思うヒョウタンが枯れた蔓の敷かれた中にごろごろ転っている畑が沢山あり、路傍で半分に割った容器、小さいものはシャモジ、小さく切った壁掛などに作って売っていて、二つ割りの容器は食料や雑貨などを入れ頭の上に載せて歩いている。中国製のプラスチックのバケツ、如雨露、洗面器など出回っているが雅味がない。 D服装―特に女の人の服装の色あいの多様さに驚いた。色も柄も派手で大きく、灼熱の太陽に対抗するにはこうでなくては駄目かもしれぬ。特によそゆきの服はたっぷりギャザーをとったり袖を膨らませ、その上シャンと硬ばった布をトサカのように頭上に折り疊み、残りの布で頭を包む。まるで雄鶏の展覧会のようだ。それに又ネックホールを広くとって片方の肩を開けている服は、一寸艶かしい。男性もよそゆきは地模様のあるシャッキリした広巾のガウンのような長い上衣を肩のあたりで折り込み、縫目は脇のあたり少しというもので、色とりどりの小さい帽子を載せ、日本の平安朝のような様相だ。聞くところによると収入の8割をオシャレに使うとか。魂消た!! E市井の人々の顔、柔和な顔立ちの人が多く眼が卑しくない。外国人を見る眼がおおどかで、何時までも同じ視点で見ている。こちらが戸惑ってしまう。一部の観光地のこすっからい人達を除いて。 Fニジェール川―私の見たニジェール川は平穏な美しい日で、水は清く澄み、向う岸が霞んで見えぬ程の広く豊かな流れで“ジュシ コンタン”(余は満足じゃ)以外の言葉はない。時に濁流と化し、荒れ狂う日もあろうに。 G雑感―マリの国内10日間、首府バマコ〜セグー、モプテ、ドゴン、セバレとほぼニジェール川に沿ってと、カラの活動地ザナ、モバ、コニナの旅であったが、博物館に収納されている往時マリ王国の文化の高さに驚嘆した。世界は今最新の兵器で殺戮に余念がない。多くの動物や植物が絶滅したように、人間もその後を追うかもしれぬ。願わくは二ジェール川で洗濯に余念のない女達や、水しぶきをあげ歓声をあげる子供達の姿が永久に消えぬ事を祈るばかりだ。「ジカンガナーイ。ハークシロ!」と蛮声をあげるカマラの声が聞えるようだ。 |
| 戻る |