カラ=西アフリカ農村自立協力会の会報 「からばす」10号から

どうしても必要なものは何であろうか?

奥山 和子(会員 植物研究家・植物写真家)

 10年以上前のことかと思うが、どこの国の作品であったかも、アフリカのどの辺の物語りかも記憶のない映画で、小さい部落を通り抜けた車から投げ捨てられた空瓶を拾った子供達が“何だ?何だ?”と珍しがり、1個の空瓶を奪い合う子供の喧嘩の仲裁に入った男が、こんなものがある為にこの部落の平和が乱されるのだと、野を越え山を越え地平の彼方まで歩いて捨てにゆく物語りで、途中の風景の美しさや、文明の侵されていない裸足の黒い男の風貌の透明さに、文化を拒否する生きざまに拍手を送った。それにしても自称文明国という多くの国々は、良いこともしたかは知れぬが、それに倍加する歴史が証明する悪逆の限りを盡していることは否めない。

 自分の労力、自分の智慧で、水と太陽を使って食料と衣料を得ること以外に、どうしても必要なものは何であろうか?

地球上に生きている生物の中で人間が最優秀なのであろうか?

考える葦 どころか 考えぬ葦 の部分の方が多いのではなかろうか?人間は虫けら一匹作ることが出来ぬのに数えきれぬ程の神を作った。その作った神を悪用してはいないだろうか?蜂はコンパスも定規も使わずに正六角形の巣を作り、亀の子は羅針盤も磁石もなしに海の方向へひた走り、蚕は体の中から糸を出して繭を作る。

英国の投じた一石から何十年もの間のイスラエルとパレスチナの紛争は終りを告げそうにない。終りを告げる前に国連は、今のところ使い道のないアフリカの砂漠に水を引くか湧かし、緑を繁らせ“文明拒否国”を作ることを宣言し、建国の狼煙(ノロシ)を揚げたらどうかと思う。他の天体まで行ける科学力さえあり、世界の国々が戦争に費やしている財と、兵士達の労働力を使ったら不可能な事はないだろうに。

今のままでは自称文明国は“俺が俺が”で遠くない将来自己の手で墓穴を掘り、多くの絶滅動物や植物のように亡んでゆくだろうから。

文明拒否国には法律も小うるさい条約もいらない。秩序と他への思いやり、調和があれば充分。

その為にはアフリカの人々は自ら進んで各々の考え、方法を具申し、自分達の手で運営しなければならない。アフリカの力、アフリカの言葉、アフリカの字が必要。

その基本を作るには子供たちにも成人向けにも学校が欲しい。必要だ。総括的な知識を得るために。

何時の日にか達成させねばならぬユートピア、“文明拒否国”皆様のよい智慧を!!

〜 2003年11月1日発行 会報 からばす10号より

 

僕のアフリカ

小宮 雄一郎(カラ)

僕はアフリカを歩いて旅している。自分で作ったリヤカーにキャンプ道具や食料や水を積んでシンガポールから2 年半かけてここ、マリ共和国まで歩いてきた。僕はずっとアフリカにあこがれていた。そのアフリカに飛行機でパッと来るのではなく、自分の脚で一歩一歩、歩いて時間をかけて来てみたかった。そしてアフリカを自分の脚で感じ てみたかった。

小宮さんとリヤカー マリを歩いて旅すると、通る道はほとんど、トラックなどが通ったあとがついているだけの道だ。めったに車が通らないそんな道を選んで歩く。この道は主に地元の人がロバ台車に乗って使う道だ。僕はこの道をロバ道と勝 手に名づけた。食料はお米とイワシの缶詰、これを朝昼晩と同じ物を食べる。大きな町でまとめてどっさり買い、リヤカーに積んで水は途中の村でもらう。ほとんどの村にどこかの国のNGOが入っていて、ポンプの深井戸がある。水をもらいに村に入っていくと、まず子供達がワァーと集まって来る。井戸の場所をたずねると、みんなで連れていってくれる。おどりながら歩く子、リヤカーを押してくれる子、キャーキャー大変なさわぎになる。ものすごいパワー。井戸に着いて10リットル入りのタンクを出すと、あとは全自動、我先にとタンク をうばい合いドンチャンさわぎで水をくんでくれる。50℃近い気温の中、疲れも知らない子供達、大喜びでなんでもしてくれる。      

 僕がマリを歩いていたのは一番暑い、4月、5月。この季節はマンゴーが食べれる時だ。どの村にもマンゴーの木があり子供達のいいおやつになっている。そんなところを通りかかると、僕は子供達にマンゴーをくれと言う。みんなニコニコ笑って自分の持っているマンゴーをくれる。もっとくれと言うと、木からとってきてくれる。本当に素朴で素直な子供達。村を通りかかるとずっとついてくる。手をつないで歩いたりもする。彼らのテリトリーを出ると、帰ると言う。そんな時は少しいたずらをしたくなり、手をぎゅっとにぎって首を横にふる。しかたなくついてくるが、だんだん不安な顔になってくる。手を離すと一目散に走って帰っていく。たまに村角でバッタリ出会ったりするとびっくりして、キャー!!とさけびながら逃げていく子もいる。夕方になると近くのわりと大きな村で、食べ物を売っていたおばちゃん達が頭にバケツをのせて歩いて帰ってくる。“近く”と書いたが、片道10Km以上あったりする。そんな道のりを毎日、カカトのなくなったサンダルで歩いて行き来している。大変だな〜と思うが、楽しくおしゃべりしながら歩いて帰っていくおばちゃん達を見ていると、それだけの時間があるのがとてもうらやましく思ったりする。日本でしかめツラして通勤している人とどっちが幸せなのだろう?
 
 太陽が低くなってくると今夜テントを張る所を探さないといけない。僕は迷わずに村に入っていくと例のごとく集まってきた子供達に村長さんの家へ案内してもらう。精一杯のジェスチャーで今夜泊めてほしいことを伝えると、何の迷いもなくにっこり笑っていいよと言ってくれる。おばちゃんがゴザをひいてくれ水を飲ませてくれる。にごっていたり、ゴミが浮いていたりすることもあるが、そんな事は気にせずに一気にいただく。うまい。一日歩いて乾ききった体に水がしみこんでいくのがよくわかる。一息つくと、バケツに水をくんできてくれ、体を洗いなさいと言ってくれる。初めての時はバケツ一杯の水でどうやって体を洗うのだ?と思ったものだけど、大事に使うと半分の水で洗えるのだ。日本でいかに水を無駄にして使っていたか大いに反省させられた。体を洗ってくると、食事を出してくれる。ミレットにピーナッツソースだ。これがものすごくうまい。本当に素朴な味で、わけのわからない調味料で味付けされた日本の料理にはないうまさなのだ。このミレット、不思議なことに各村々でびみょうに味が違うのだ。こんな素朴でシンプルな料理にも日本で言うおふくろの味があるようだ。このミレットは日中おばちゃん達がマンゴーの木陰でトントンついて作ってくれたものだ。大変な重労働だと思う。そういう心のこもったものをありがたくいただく。この心が味に出ているように思えてならない。  

 それにしても突然リヤカーを引いて歩いてきた日本人に何の疑いもなく笑顔で迎えてくれ、泊めてくれ、体を洗わせてくれ、食事まで出してくれるのだろうか?もし日本で僕が日本しかしらなくて、突然葉っぱのパンツをはいてやりでも持った黒人がやってきてジェスチャーで泊めてくれなんて言ったら、追いかえすだろう。でもアフリカの人々はそんな事をしない。笑顔で迎えてくれてくれる。アフリカの大地が広いようにアフリカの人々の心もとても大きくて暖い。

 ここには日本の価値観でいう豊かさはない。でも誰一人不幸な顔をしていない。みんな笑っている。本当にいい笑顔で笑って暮らしている。僕はアフリカに来て初めて笑顔というものを見た気がする。

 日本には何でもあるけど、笑顔がない。町行く人を見ているとみんなしかめ面している。アフリカから日本に笑顔のNGOが必要に思えてくる。そんな事をふと思いながらおばちゃんのひいてくれたゴザの上で満杯の星空を見ながら眠りにつく。

  明日はどこの村が笑顔で迎えてくれるのだろう。 
  

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